デジタライゼーションの意味 – 情報空間と「道具」

//デジタライゼーションの意味 – 情報空間と「道具」

情報空間(インフォスフィア)という秩序

以前に「デジタライゼーションと体験中心ビジネスシステム」という記事で、デジタライゼーションとは「プロセスがデジタル技術によって変換されること」であると説明しました。

しかし、ただ「プロセスが変換される」だけであれば、企業の在り方を根本的に問い直すほどのインパクトを持つ必然性はありません。デジタライゼーションのインパクトの根源は「デジタル技術」にあると私たちは考えています。

 

「情報空間」、もしくは「情報圏」という言葉を聞いたことがあるでしょうか?ウィキペディアによると、インフォスフィア(Infosphere、情報空間もしくは情報圏)という言葉が初めて使われたのは1971年のことですが、情報空間という概念を有名にしたのは1980年に発表された、アルビン・トフラーの『第三の波』であるとされます。

情報哲学の話に踏み込んでしまうと実感のある理解が難しくなるため、ここではシンプルに「情報によって形成される、従来とは異なる原理・秩序空間」と捉えたいと思います。

 

情報を情報として認識し、コントロールできている状態においては、情報自体が原理・秩序を形成するわけではない(コントロールする側に秩序がある)ため、「情報空間」的な世界ではありません。

情報の存在が当たり前になり、(まるで空気のように)認識ができなくなることによって、「情報空間」という新たな原理・秩序が生じます。現代の先進国は、「情報空間」の状態を有していると考えてもよいと思います。

 

「情報の存在が当たり前になる」条件の1つとして、情報量というものが想像しやすいかと思います。ビックデータという言葉は本来、「日常的に利用するコモディティデバイス/ツールでは処理できない規模の情報」という意味です。それはつまり、通常の認識能力を超えているということを意味するので、「情報空間」の1つの側面となります。

情報空間が持つ原理・秩序の1つは、「取り扱うデータについて、その規模や複雑性が人間の認識できる限界を超えている」と見ることもできます。

 

人間を必要としない道具:技術同士が交信する

ここでは、情報空間における「道具」について考えてみたいと思います。ここでいう「道具」は机や椅子、スマートフォンといったものに限らず、企業システムや社会システムなども含む、広い意味で人間が何かの目的のために作り出したものを指します。

 

道具とは、技術を用いることで特定の効用を得ることができるものです。原始的な道具として、「木を伐り倒すための斧」や「動物を狩るための槍」といったものはイメージしやすいかと思います。これらはユーザと働きかけたい対象(自然)の間に存在して効用を発揮します。これを「一次技術」と呼びます。

人間が歩きやすく、目的地にたどり着きやすくするために舗装された「道路」は一次技術と見ることが出来ます。これに対して、自動車は技術である道路と人間の間に存在して、直接、人間が道路に働きかける場合より大きな効用を発揮します。このようにユーザと別の技術を繋ぐ道具を「二次技術」と呼びます。

 

自動車の例を発展させて、次は「自動運転」という技術を考えてみます。自動運転の技術は今まさに発展しているさなかですが、その基本原理は自動車が周囲の環境と交信することによって成立しています(もちろんシンプルに、IoTと呼んでも問題ありません)。

自動車が直接、周囲の環境をセンサーで読み取る(情報的な交信を行う)こともあれば、地形や道路の状況について、自動車とは別の道具(人工衛星など)が収集・整形した情報を受信して活用することもあります。そして、情報のやり取りは、情報によって自律的に管理されます。少なくとも普通の人間は、そこにある情報の存在を完全に認知することはできません。これは情報空間における秩序の1つの形です。

 

このような道具はユーザを介在させることなく、技術が技術と直接、繋がることによって効用を生み出します。このような技術を「三次技術」と呼びます。そして、三次技術は構造的に人間(ユーザ)を疎外しています。人間(ユーザ)は道具が生み出した効用を享受する存在ですが、道具への干渉は許されない場所に置かれています。

technology

 

ここにデジタル化が持つインパクトの本質の1つがあると我々は考えています。つまり、道具やシステムを利用するという行為の構造が根本的に変化している。ユーザのための道具であるにも関わらず、道具がユーザの存在を(構造的には)必要としていない。人工知能という技術に人々が過敏に反応する理由も、このあたりにあるように感じます。

なお、これ自体に善悪はなく、例えば、自動運転はある意味で「(道具に働きかける存在としての)人間を疎外」することによって、過疎地域の高齢化に伴う交通弱者の急増という社会課題に取り組むことが可能になっています。自動車という道具に対して、「人間が干渉しなくてはならない」という構造を排除するところに自動運転の効用があります。

 

「個性を必要としない」という意味での人間の疎外は、すでに社会システムという巨大化した道具において起こっていることですが、それが「存在」のレベルで日常的な道具にまで浸透するところに情報空間の秩序、つまり、デジタル化のインパクトがあります。

次回は、情報空間における体験とユーザビリティについて、もう少し考えていきたいと思います。

By |2017-11-12T03:21:05+00:007月 19th, 2017|最近のビービット|